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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1926号 判決 1973年5月16日

第一、九二六号事件控訴人、第一、七四六号事件被控訴人(第一審原告、以下第一審原告という。) 繁村国夫

同 繁村うめ子

右両名訴訟代理人弁護士 最首良夫

大塚喜一

第一、九二六号事件被控訴人、第一、七四六号事件控訴人(第一審被告、以下第一審被告という。) 宗教法人円福寺

右代表者代表役員 円山恵心

右訴訟代理人弁護士 菅原隆

主文

第一審原告らの本件控訴をいずれも棄却する。

第一審被告の本件控訴を棄却する。

第一審原告らの控訴に基づき生じた控訴費用は第一審原告らの、第一審被告の控訴に基づき生じた控訴費用は第一審被告の各負担とする。

事実

第一審原告ら代理人は、右第一、九二六号事件について「原判決中第一審原告ら敗訴の部分を取り消す。第一審被告は、第一審原告らに対し、各自四七七万二、二二五円およびこれに対する昭和四四年一〇月一二日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、右第一、七四六号事件について控訴棄却の判決を求めた。第一審被告代理人は、右第一、九二六号事件について控訴棄却の判決を、右第一、七四六号事件について「原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。第一審原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

第一審原告ら代理人は、次のとおり述べた。

一、免責の抗弁に対して

本件事故発生地点は、団地内であり、近くの入口にも徐行標識もあり、見通の極端に悪い丁字路であるので、最徐行の義務のあるところである。しかも徐行しておれば、停車まで五メートルを要しないことは確実であり、衝突前に停止し得たことは確実である。しかるに椎名は、徐行義務を怠ったのみならず、前方に対する注意を欠き、あまつさえその直前余りに左端に接近しすぎて進行し、被害者の待避の場所を残さなかったのである。

二、損益相殺の抗弁に対して

第一審被告の主張する一〇万二、八〇五円は、傷害の場合の支出金員であって、本訴は生命侵害を前提とするものであるから、本訴請求額から控除すべき筋合のものではない。

第一審被告代理人は、次のとおり述べた。

一、免責の抗弁

仮りに椎名の運転するマイクロバスが時速一〇キロメートル程度に徐行していたとしても、空走距離二・五五メートル、制動距離二メートル(進路が下り勾配であるので一メートル加算)であり、急制動中に右転把を同時に要求することができないこと、椎名が亡秀美の自転車を発見した地点と衝突地点との距離が約六メートルであること、亡秀美が下向き前方不注意のまま高速かつノーブレーキで走行してきたこと等を考え併せると、右マイクロバスが仮りに衝突地点直前において停車しても、逆に右転把されなかったことにより、亡秀美は、マイクロバスの右前部に激しく正面衝突し、結果において差がなかったことが認められる。従って本件事故は、第一審被告側からこれを回避する術は全く存しなかったのであるから、自動車損害賠償保障法第三条但書により免責されて然るべきである。

二、過失相殺

本件事故現場は、加害者の進路左側に交差する丁字路が五〇メートルおき位に相当多数個所あり、該交差点において逐一徐行を要求することは、現実の交通の実情にあわないばかりでなく、高速度交通機関である自動車の機能を著しく低下させるものである。従って椎名に過失があるとしても、亡秀美の過失に比較すれば、椎名の過失は著しく軽微なものであり、その過失割合は、せいぜい第一審被告側が一、亡秀美の過失が九と判断されて然るべきものである。

三、逸失利益の算定に当っては、生活費として稼動全期間にわたって収入の二分の一を控除すべきである。けだし今日の経済情勢のもとにおいては、若年時代には平均賃金の殆んど大半が生活費に費消され、生涯を通じても平均すれば、少くとも収入の二分の一程度のものは生活費として費消されると解されるからである。さらに亡秀美が本件事故がなければ全労働者の平均賃金を得られたかどうか、果して六三才まで稼働し得たかについても多大の疑問があることを考慮すれば、生活費を収入の五〇%としてこれを控除しても逸失利益額を不当に低く算出したことにはならない。

四、損益相殺

本件における損害賠償請求権者は、亡秀美ではなく、第一審原告らであるとも解されるのであり、又第一審原告らは、本件事故を最大の原因として損害賠償請求権を取得したものであること、養育費は、亡秀美が将来収入を得るための経費となっていると考えられること、損益相殺は、損害分担の公平の見地から認められること等を考慮すれば、第一審原告らが支出を免れた亡秀美の養育費は損益相殺さるべきである。

さらに第一審原告らが自動車損害賠償保険から受領したのは、三一〇万二、八〇五円であり、そのうち一〇万二、八〇五円は治療費であるが、右全額につき損益相殺さるべきである。

証拠≪省略≫

理由

一、当裁判所も第一審原告らの請求は、原判決認容の限度において相当であり、その余は失当であると判断するものであって、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決理由の説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(1)  ≪証拠追加省略≫

(2)  原判決八枚目表三行目冒頭に「三〇粁ないし」を加える。

(3)  原判決八枚目表末行の次に「第一審原告らは、亡秀美は本件事故地点に停止して椎名の運転するマイクロバスの進行を待っていたところ、突然右マイクロバスに近接接触されたものであると主張するが、原審証人増沢裕子、同吉田仁子の西瓜を叩きつけたようなボンという音がした旨、あるいは本件事故の瞬間マイクロバスの窓から自転車に乗った人間が黄色のかたまりのようになってとび込んでくるのが見え、そしてガチャンと金属音がした旨の供述、≪証拠省略≫ならびに前認定の亡秀美がマイクロバス左側乗降口よりやや後方部分に衝突している事実に徴し、右主張は到底採用することができない。なお、前掲各証拠によれば、本件事故直後亡秀美の乗っていた自転車の倒れていた位置についての各人の供述は一致せず、明確とはいい難いが、右自転車の倒れていた位置如何によって前記認定が左右されるとは認め難く、又≪証拠省略≫によれば、右自転車の左側ハンドル、サドルの後部荷台の各左側に本件事故によるとみられる青色の塗料がついていることが認められるが、右自転車の構造上、ハンドルを右に切った場合には右塗料は付着箇所がほぼ一線に並ぶともみられ、又≪証拠省略≫によれば、マイクロバスの自転車との衝突箇所はクリーム色の塗料が塗られ、青色の塗料が塗られているのは車体の下部であることが認められるが、≪証拠省略≫によれば、右クリーム色の塗料の下地として青色の塗料が塗られていたことが認められるから、本件衝突により右下地の青色の塗料が自転車に付着したものと認められ、これら各事実は、いずれも前記認定を左右する資料となすに足らない。」を加える。

(4)  原判決九枚目表一行の次行に「マイクロバスが徐行していたとしても空走ならびに制動距離等を考えると、第一審被告側には本件事故の発生を避ける手段はなかったと主張するが、右空走ならびに制動距離等の関係は第一審被告の主張するとおりであるとしても、本件交差点は見通しの悪い箇所であるから、用心のためさらに進路の右よりを徐行して進行し、被害車を発見すると同時に警音器をならして、亡秀美に注意を喚起する等の適宜の措置を講ずれば、本件事故発生を避けることは必ずしも不可能であったともいえないから、右主張は理由がない。なお、≪証拠省略≫によれば、マイクロバスの進路には相当数の丁字路があることが認められるが、見通しの悪い交差点において徐行したからといって、必ずしも自動車の交通機関としての機能を著るしく低下させるものとはなしえない。」を加える。

(5)  原判決一〇枚目表八行目末尾に「なお、第一審被告は、生活費として稼働全期間にわたって収入の二分の一を控除すべきであると主張するが、右平均賃金は、家庭を持った場合には当然家族の生活費もこれより支出していること等を考えれば、右主張は採用できない。」を加える。

(6)  原判決一〇枚目裏四、五行目「又現実に貨幣価値の下落が恒常化している経済構造のもとにおいて」を削り、「しかも逸失利益は将来の予測にかかるだけに、認定された数字自体誤差を内蔵するゆえに、その際商業計算的な複雑な計算方式をとることは、問題であり、」を加える。

(7)  原判決一一枚目表四行目末尾に「第一審被告は、第一審原告らが自動車損害賠償保険から治療費として受領した一〇万二、八〇五円も控除すべきであると主張するが、第一審原告らの本訴請求には治療費についての損害賠償は含まれていないから、右金員を控除するのは相当ではない。」を加える。

(8)  原判決一一枚目表六行目から九行目までを削り、「本件逸利益による損害賠償請求権は、被害者である亡秀美の死亡により発生し、即時第一審原告らが相続したものであるから、通常の相続債権と異なり、実質的には第一審原告らが賠償請求権者であり、又第一審原告らは、一方において右逸失利益による損害賠償請求権を取得すると同時に、他方において養育費の支出を免れるのであるから、右支出を免れることによる利益を控除するのが衡平の理念に適合することになるという第一審被告の主張に採るべき点なしとしない。しかしながら、亡秀美の逸失利益による損害賠償請求権は、その死亡により発生し、即時第一審被告らに相続されたとはいえ、あくまで亡秀美について発生したものであって、第一審被告ら自身について発生した債権についてその算定方法として亡秀美の逸失利益を流用したものではない。してみれば、右損害賠償請求権は、その発生と同時に第一審原告らが相続したとはいえ、その実質においても第一審原告ら自身について発生した債権とはいえないし、又第一審原告ら自身について発生した債権と区別すべきである。勿論第一審原告らは、一方において亡秀美の逸失利益による損害賠償請求権を相続すると同時に他方において亡秀美の死亡により養育費の支出を免れることとなり、一見衡平を失する観がないではないが、さればといって加害者側と被害者側との間の衡平を期し、結果の妥当をはかるため、他の手段によるのはともかく、少くとも被害者本人に生じた利得をその損害より控除すべき損益相殺の法理を本件の如き場合に適用することはできないものと解するを相当とする。従ってこの点に関する第一審被告の前記主張は理由がないといわなければならない。」を加える。

二、以上の次第であるから、第一審原告らの本訴請求は、第一審被告に対し、各自七二万七、七七五円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四四年一〇月一二日以降各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度においてこれを相当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。

よって右と同旨の原判決は相当であって、第一審原告らの本件控訴および第一審被告の本件控訴は、いずれも理由がないから、これをいずれも棄却することとして、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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